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楽しい写真

先日、シドニ-在住の北村先輩が
      楽しい写真を送って下さいました。
ブログ掲載の許可を確認したところ、
  快く0Kでしたので、楽しんでご覧下さい。


なお、北村先輩の記事と写真を<抜粋>して紹介させていただきます。

「タスマニア物語」
タスマニア5日滞在中3日半雨でした。この20年ほど、雨でもがっかりは
しなくなりました。
現在のオーストラリア西海岸がオランダによって発見され、「新オランダ」
と名付けられたが、そこが新大陸であるかという調査をオランダ東インド
会社によって依頼されたオランダ人の探検家アベル・タスマンは、最初の
航海(1642年~1643年)で、バタビア(今のジャカルタ)からモーリシャス
方面へと進みます。
その後、オーストラリア大陸沿岸を航海し、11月24日にタスマニアを発見しました。
オランダ東インド会社総督の名前アントニー・ファン・ディーメンにちなん
で「ファン・ディーメンズ・ランド」と命名します。
その言葉が、名うての名前として広まったのは、1803年にこの島が流
刑植民地になってからでした。
50年間、オーストラリア南部の島は、大英帝国からの犯罪人の掃き溜め
場となったのでした。

タスマニア西部ストローンというところに滞在しました。
ストローンからシドニー港の6倍もあるというマクォーリー・ハーバーへ、
更にゴードン川を上って原生林へ。
朝からシャンペンなどアルコール飲み放題の楽しい列車。
ヘンティ大砂丘、オーストラリア史上最悪の囚人流刑植民地のセーラ島
(無人島)へも渡りました。造船所跡地、パンを焼いた窯の跡などが見られます。
なにしろ、イギリスから送られた囚人の半分近くが、タスマニアに送られました。
なぜ、彼らは生き延びられたのか・・・本国より食糧が豊富だったからです。


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上の3枚はタスマニア 

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世界遺産のブルーマウンテン 
(毎年9月10月には、自慢の庭を有料で一般公開されております) 


猛暑を笑いで吹き飛ばそう!!

楽しいことが大好きなバンブ-研

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